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2010年2月

2010年2月27日 (土)

コップの割れた朝

早朝、地震で目が覚める。おっ、けっこう大きいじゃんと思っていると、沖縄ではありえない激しい振動。リビングで何かが落ちる音が聞こえた。

揺れが収まったのでリビングの様子を見にいく。電気を点けると流し台のコップ立てが倒れていた。ガラスの破片が床に散乱している。

大きな破片は手で拾いあげ、細かい破片は掃除機で吸いこんだ。テレビをつけて地震の状況を確認する。名護は震度4だった。寝ていたので揺れを激しく感じたが、そんなものかもしれない。

内地(東京)で暮らしていた頃、震度4くらいの地震はさほど珍しいことではなかった。それなりに恐い思いはしたものの、実際に被害を受けた記憶はない。今回はコップ2個の損失。モノが百均商品でよかった。

沖縄の地震恐るべし、というのが正直な感想だった。沖縄には台風は来るけど大きな地震は発生しない。頭からそう信じ込んでいた。その証拠に企業はデータセンターを沖縄に設置しているではないか。沖縄の耐震基準は本土よりユルいという話も聞いたことがある。それも地震が少ないことに起因していたのではなかったのか。

しかし、ネットで調べてみると実態はそうでもないらしい。最新データを踏まえた分析によると、沖縄で大きな地震が発生する確率は全国平均レベルだという。沖縄は本土より地震の危険が少ないという認識は勝手な思い込みに過ぎなかった。1階が駐車場のピロティ形式のアパートから昨年引っ越したのは正解だったと改めて思う。

温暖化の影響もあって、台風が沖縄本島を直撃することは少なくなった。台風も来ない、地震も起きない。自然災害に関して沖縄は日本で一番恵まれているかも・・・などと悦に入っていた。今回の地震は、そんな脳天気ムードに冷や水を浴びせることになった。

将来、もっと大きな地震が沖縄を襲うこともあるかもしれない。猛烈な台風が沖縄本島をふたたび直撃することもあるだろう。天災はいつ起きるかわからない。油断は禁物・・・。

無残に割れた2つのコップは、そんなメッセージを伝えているような気がした。

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2010年2月24日 (水)

古巣岳に登る

名護の市街地から本部連山を眺めると、安和岳の稜線とピラミダルな嘉津宇岳がひときわ目につく。その影に隠れた存在が古巣岳(ふるしだけ)だ。3年前に一度登ったことがあるが、あまり印象に残っていなかった。その古巣岳をもう一度歩いてみたくなった。

予報では終日晴れだが雲が多い。いつものように勝山公民館の前にクルマを停める。登山口に向かって歩きだすと、燃えるようなオオベニゴウカンが迎えてくれた。

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シークヮーサー畑を抜けて涸れ沢の登山道へ。三角山への分岐のすぐあとに古巣岳への登山口を示す標識がある。3年ぶりに歩く道。ちょっとワクワクする。

このコースも岩が多い。岩と植物のコラボレーションによる景観が目を楽しませてくれる。なーんだ、いいじゃん、古巣岳。3年も放置してもったいないことをしたような気分になってきた。

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例によって、写真を撮りながら超スローペースで登っていく。ほどなく古見台と呼ばれる、大きな岩がオーバーハングした見晴らしのよい場所についた。

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山頂へ向かうルートに戻り、険しさを増した道を登っていく。赤や黄のテープが木に巻かれているので道に迷う心配はない。歩きはじめてから1時間半ほどで古巣岳山頂に到着。名護湾と名護市街の眺めがすばらしい。

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コースサインに導かれて頭上にそびえる嘉津宇岳を目指す。すこし登ると見晴らしのよいピークに出た。ここで昼食をとる。

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すぐ近くに嘉津宇岳の山頂が見える。

ピークを過ぎるとふたたび樹林帯へ。この森がなかなかいい。嘉津宇岳山頂の直下に位置し、岩と木々が渾然一体となってワイルドな空間を醸している。

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涸れ沢を経て嘉津宇岳に登るルートと合流する。嘉津宇岳山頂をサクッと往復し、安和岳と嘉津宇岳の間にある深い谷へ向かって下りていく。

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赤と黄のテープが嘉津宇岳コースから古巣岳へ向かう分岐の目印。

梢をわたる風の音。鳥の鳴き声。フィトンチットの濃厚な香り。日差しを受けて燃えるように輝く木々の緑。写真を撮るために足を止めるたびに、冬の2月に沖縄の山を歩く喜びに満たされる。

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頭上に八重岳山頂のドームが迫ってきた。すこし行くと安和岳への分岐点だった。安和岳まで足を延ばせば古巣岳→嘉津宇岳→安和岳→三角山という縦走山行が実現し、本部連山をガッツリ堪能する満足な1日となるのだが、今回はパス。重厚な岩と濃密な樹木が織りなす深い谷の小径をデジカメ散歩することにした。

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遠くで子供たちの歓声が聞こえる。地元の小学生が遠足登山に来ているのかもしれない。古巣岳コースへの分岐を過ぎてシークヮーサー畑へ。本日のコースタイムは約4時間半。深い谷をぬけたあとに降りそそぐ日差しがまぶしかった。

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2010年2月20日 (土)

そして音楽はBGMになった

トシとともに嗜好は変わる。食べるもの、着るもの、読むもの、そして聴くものも・・・。

意識して音楽を聴くようになったのは中学生の頃だった。当初は映画音楽とか、今でいうイージーリスニングのようなものを聴いていた。最初に買ったレコードが何であったのかは覚えていない。

高校生になるとクラシックやジャズも聴くようになった。アルバイトで金を貯めてオーディオ装置を買ったのもこの頃だ。当時の関心は音楽よりもオーディオに向いていたような気がする。

大学時代にはクラシックばかり聴いていた。好きな作曲家はブラームス。重厚なシンフォニーを毎日のように飽きることなく聴いていた。バッハの深みのある旋律も好きだった。

今から思うと、この時代は音楽と正面から向き合っていたのかもしれない。音楽を聴くためだけの時間を確保して全身で音楽に浸っていた。

それから四半世紀。クラシックはほとんど聴かなくなった。例外はバッハぐらい。いま聴くのはジャズが多い。とくにジャズピアノが好き。来月発売予定のブラッド・メルドーの新譜が楽しみだ。

変わったのは聴く音楽のジャンルにとどまらない。聴くスタイルもまたしかり。すべての音楽はBGMになった。

住環境の問題もあるのだろう。学生時代は実家の一戸建てだったので、そこそこのオーディオ機器でそれなりの音量で音楽に浸ることができた。が、賃貸アパートではなかなかそうはいかない。

でも、それ以上に大きいのが音楽に対する自分のスタンスが変わったこと。目的だった音楽がいつの間にか手段になっていた。気分を高めたり、仕事に集中したりするための手段。周囲の騒音から逃れるためにノイズキャンセリングのヘッドホンで音楽を聴くことも多い。

最近、自宅ではもっぱらiTunesのラジオで音楽を聴いている。iPodであれこれ選曲したり、CDを交換したりしなくても済むのでラク。BGMであれば、空気のように部屋に漂っていればそれでいい。お気に入りはClassicalのWhisperings: Solo Piano Radio。今もそれを聴きながら書いている。

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2010年2月17日 (水)

胃腸風邪

就寝中、それは突然やってきた。腹の底からこみ上げる激しい吐き気。ベッドから飛び起きてトイレへダッシュする。嘔吐のあとは下痢。何度も繰り返されるそれは、最後は米のとぎ汁のようなヤバ気な様相を呈していた。

翌日、病状をキーワードにしてネットで調査する。犯人は胃腸風邪(感染性胃腸炎)らしかった。胃腸風邪はロタウイルスやノロウイルスというウイルスが原因で、冬に発生することが多いという。抗生物質は効かないため、ひたすら静養に努め、ウイルスを体外に出すしかないらしい。

医者にかかっても胃薬と整腸剤を処方されるだけとか。外出する労力と待合室で過ごす時間を考えると、自宅で養生したほうが良さそうだった。翌日には吐き気は完全に治まっていたし、下痢の症状もだいぶ良くなっていた。あと1日か2日かで回復するだろう。すでに嵐が去ってホッとしたような気分になっていた。

症状が暗転したのは3日後だった。吐き気こそないが、執拗な下痢と腹痛に襲われる。腸がギューッとねじれるような重苦しい痛み。下痢は米のとぎ汁から血便へ・・・。

医者へ行こうか迷った。ネットで検索すると、胃腸風邪でも血便は出るらしい。もう1日様子をみることにした。翌日も同じ状態なら医者へ行く。ひょっとして胃腸風邪ではないのかも・・・という不安が脳裏をよぎった。

その翌日(昨日)、血便は治まっていた。それでも、腸がねじれるような重苦しい痛みに周期的に見舞われる。そして今日、腹痛は大幅に緩和されていた。食欲も回復しつつある。明日になれば普通の食事をとれるかもしれない。

今回の「胃腸風邪」では2つのことを痛感した。1つはコンビニが近くにあることの有用性。徒歩2、3分の距離なので体調が悪くてもアクセスできる。今回もレトルトのおかゆやゼリー食品、スポーツ飲料などをコンビニで調達できた。トシをとってからの一人暮らしでは市街地に住むのが安心だと改めて感じた。

もうひとつは急病への備えだ。今回は医者にかからずに済んだけど、もっと深刻な病に突然襲われて、即座の入院を余儀なくされる場合もあるだろう。そんな不慮の事態に備えて準備しておく。たとえば入院時の必需品を調べてリストアップしておくとか。

でも、喉もと過ぎればなんとやら。胃腸の調子が回復すれば、そんな殊勝な心がけも忘却の彼方に消えてしまうような気もするのだが。

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2010年2月 9日 (火)

借り物の時間

携帯はずっとプリペイドを使っている。もともと使用頻度は少ないし、携帯の端末でアレコレしたいとは思わない。最低限のコストで最低限の機能を利用できればいいと思っていた。

携帯のキャリアはソフトバンク。そこから「第2世代携帯電話サービス終了のお知らせ」が届いた。いま使っている第2世代(2G)の携帯電話は今年の3月末に利用できなくなるという。引き続き使用するには第3世代(3G)の携帯端末を購入する必要があるらしい。

新たに端末を買わなければならないのは痛いが、2G→3Gへの移行キャンペーンに伴う特典もあるので、必ずしも損をするわけではない。ただ、手続きがメンドクサイ。

これを機に後払い方式の通常契約へ移行することも考えた。通常契約も最近はだいぶ安くなっているし、プリペイドは通話料を定期的にリチャージしなければならないので面倒だ。送付された冊子によると、後払い方式への契約変更でも特典が用意されているらしい。

その冊子には2年契約への加入が適用条件と書かれていた。途中で解約すると契約解除料を1万円近く取られる。それを読んだら急に萎えてしまった。

先のことはわからない。気持ちが変わることもあるだろう。不確定な将来を縛られることに拒否反応を覚えた。自分にはキャッシュオンデリバリーのプリペイドがやはり合っている。

プリペイドは携帯に限らない。今住んでいるアパートだってプリペイドだ。翌月分の家賃が銀行口座から月末に引き落とされる。常に家賃1カ月分だけのマイホーム。それが毎月延長されていく。

昔読んだ「慕情」という小説に「借り物の場所、借り物の時間」というフレーズがあった。イギリスの租借地だった香港を表した言葉だが、なぜか強く印象に残っていた。自分の人生観と通じるものを感じたのかもしれない。

庭のある一戸建てへの憧れは依然消えない。沖縄にマイホームを持てたら素晴らしいと思う。それでも、夢にとどめておくのが賢明なのだろう。しょせん、人生は借り物の場所、借り物の時間。

結局、3Gのプリペイド携帯を購入した。新しい端末はストレートタイプ。軽くて小さいのでちょっと気に入っている。

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