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2014年11月20日 (木)

帰郷 2014

毎年恒例となった11月の里帰り。今年は3週間早かったので、夜遅くに東京郊外の駅に降り立ったときもそれほど寒いとは思わなかった。

実家の近くを流れる川の鯉も、その川面を泳ぐ鴨もいつもと同じように迎えてくれた。両親も待っていた。いつもと違うのは父が病院のSCU(脳卒中集中治療室)にいて、沖縄から駆けつけた息子が誰だか分からないことだった。

入居していた老人ホームで脳出血を起こし、救急車で病院に運ばれたのだという。出血は止まっても脳へのダメージが大きく、意思の疎通は困難になっていた。

母に付き添って病室の父に会いにいく。病床の傍らで1時間か2時間を過ごす。それだけの毎日なのにひどく疲れた。病院という特殊な環境がそうさせているのかもしれない。

××さん、私の手、握れますか? リハビリ療養士の若くてキレイなお姉さんにそう聞かれて、力強く「ハイッ」と答える父を見てはじめて笑みがこぼれた。息子の顔はわからなくても、人間としての生存本能は健在らしい。

2週間入院して父は老人ホームに戻った。やせ衰えていても手足の機能は損なわれていなかった。ただ、以前と違って自分では排泄ができなくなっていた。指先に便が付いていることもあった。それが何だか分からぬまま触ってしまったのだろう。

退院の3日後に沖縄に戻った。那覇空港で浴びた空気が心地よかった。高速バスの車内で音楽を聴きながら、母と兄が口にした言葉を思い返していた。94歳という年齢を考えれば命が助かっただけでも喜ぶべきなのだと。

退院後の父の様子を見ていると、本当にそうなのかという疑問が湧いてきた。自分なら人間としての尊厳が失われてまで生きながらえたいとは思わない。身近で接している母や兄にとっては、生きていてくれるだけで有り難く思うのは当然のことなのだが。

いつの間にかバスは許田のインターを過ぎていた。フロントガラス越しに広がる名護の街の灯を目にすると、深い安堵感を覚えた。自宅に帰って自分のベッドで眠ることができる。それだけで嬉しかった。

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