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2015年2月22日 (日)

弔いの青い鳥

父が亡くなって2週間になる。昨年の11月に脳出血で入院し、退院してやれやれと思っていたら、急性心不全で2カ月も経たないうちにふたたび入院。高齢でもあり、予断を許さない状態であることを医師から告げられていた。

2月7日の夜、病院からの連絡で駆けつけると、すでに息はなかった。その2日後がお通夜、3日後がお葬式だった。葬儀社の指示に従って整然と、怒濤のように過ぎた4日間。

享年94歳。天寿を全うしたと言えるのだろう。亡くなる半年前まで歩行器を使って歩くこともできた。寿命が尽きる当日まで、家族は毎日のように父を見舞っていた。

東京から名護に戻り、父が90歳のときに送ったメールを読む。仕事絡みで耳の痛い指摘もあった。当時は反発して冷ややかな返信を送ったものだ。その文面が今ではじんわりと胸に染みた。親心への感謝の念だけではない。肝に銘じておくべき内容がそこには的確に述べられていた。

ベランダでイソヒヨドリが鳴いている。物を置いてないので人の気配が薄いのだろう。たびたび訪れては綺麗なさえずりを聞かせてくれる。

鳥は不思議な生き物だ。追うと逃げて、佇んでいるとやってくる。かといって猫のようにすり寄るわけではない。姿を見せて鳴き声を聞かせるだけ。それでも、存在を身近に感じるだけで癒やされる。

その鳴き声はこうも告げていた。親の死は終わりではない。その存在を虚心に受け入れる、新たな関係の始まりでもあるのだと。

S150517d51_01ee
Nikon D5100 + Tamron SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD(A005)で撮影

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コメント

カワセミのお写真のお父様ですね・・・
お悔やみ申し上げます。

「新たな関係の始まり」
なるほどです。
亡くなった方とは新たなやりとりがない分、自分の中にある“思い出、想い”の位置づけ次第・・・新たな関係を虚心坦懐に築いていきたいなぁと納得。(私事ですね。すみません。)

鳥たちに、空に海に風に・・・回りの方々、あれにもこれにも・・・十分 癒してもらってくださいね。

投稿: iyds | 2015年2月26日 (木) 10時55分

コメント、ありがとうございます(お心遣いに感謝します)。子供から見た父親(母親)像には「認知の歪み」があるような気がします。全体の一部にすぎないことに過剰反応してすべてを否定するとか。自分が親になることで認識を改める人も多いと思いますが、私の場合は父の死がそのきっかけを与えてくれました。

投稿: tokajar | 2015年2月26日 (木) 16時10分

お悔やみ申し上げます。
父から息子に託したバトンは鳥の写真かもしれませんね。

21歳の時に父を亡くしたので、私には心残りが山ほどあります。といっても仕方がありませんが。

精いっぱい生き抜くことが「親孝行」でしょうか。

舌足らずな文章で・・・ごめんなさい。

投稿: アラマ | 2015年3月 6日 (金) 23時20分

お悔やみありがとうございます。若く多感なときに肉親を亡くせば哀しみもさぞ大きかったことと推察します。私の場合は親が高齢で亡くなり、自分もそれなりの歳なので静かに受け入れることができました。

投稿: tokajar | 2015年3月 7日 (土) 14時22分

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