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2015年6月

2015年6月29日 (月)

悦楽と報酬の狭間

翻訳の仕事が減るにつれて、新たな収入源を模索するようになった。とはいえ、この期に及んでシンドイことはしたくない。アラフィフを過ぎてまもなくアラカンの仲間入りを果たそうというのだから。

芸は身を助けるという。好きなことをして金が入ればそれに越したことはない。思い浮かんだのはカヤックフィッシング(KF)と写真だった。

以前、飲み屋で知り合った料亭のオーナーに趣味はカヤックフィッシングだと告げたことがある。タマンやアカジンが釣れると話すと、うちで買い取ってもいいと言われた。そのときもらった名刺も探せばあるはずだった。

趣味のKFからサイドビジネスのKFへ。その転換を脳内でシミュレートしてみた。まずカヤックを13フィートの足漕ぎカヤックに買い替える。航行性能はこれで大幅にアップ。さらに海図を入手し、魚探とGPSを駆使して沖合の根をピンポイントで攻める。釣れた魚は大切な商品。神経締めと血抜きをバッチリやって鮮度を保つ。でかいクーラーは必須だ。

想像していくうちに胃のあたりがどんより重たくなってきた。高値で売れる獲物を求めて出漁する――航行性能は良くなっても、カヤックで海に浮かぶ楽しみは奪われるだろう。自分が自分でいられる神聖な空間を失うような気がした。

写真はどうか。ストックフォトのGettyimagesで写真を売らないかというメールがFlickr(写真共有サイト)から届いたことがある。手続きが面倒そうなのでヤメたのだが、ストックフォトでの写真販売は検討する価値がありそうだった。

問題は、ここでも楽しみと報酬がトレードオフの関係になりやすいこと。自分が撮りたい被写体(作品)からストックフォトで売れる被写体(商品)に軸足を移すことを余儀なくされる。

それでも、使用される媒体をイメージしながら撮った「商品」が売れれば新たなやりがいを見いだせるかもしれない。「商品」路線を維持しながら自分の「作品」を撮り続けていくこともできるし、その「作品」がストックフォトや電子出版を通じて「商品」にならないとも限らない。海外のストックフォトなら市場は世界規模に拡大していく。

写真は新たな収入源となる可能性を秘めている。でも、それは長い目でみた話。それなりの金額を稼ぐには大量の写真をストックしなければならないため、長期的なスパンで取り組む必要がありそうだ。

結局、時間や労力を考えると取引先を広げて翻訳で稼ぐのが一番確実か。翻訳者は翻訳の仕事に精進しましょうねというオチでした。

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2015年6月21日 (日)

塞ぎの虫

モノトーンに塗り込められた毎日がとりとめなく過ぎていく。塞ぎの虫にとりつかれてしまったらしい。何もやる気が起きない。睡眠時間は足りているのに眠気がとれず、頭はどんよりと重い。身体の不調がそれに追い打ちをかける。首も腰も手首も痛い。

実現したはずの早起き生活も元の木阿弥になろうとしていた。1日を無駄に過ごすのなら早起きしても意味がないので当然か。

やりたいことは沢山あるはずだった。数年前に登録したきり放置しているTwitterを再開するとか、Facebookを始めるとか、購入済みのPhotoshop Lightroom 5を活用してRAW現像の達人になるとか。

実際はリクライニングチェアにごろんと横たわり、本を読んだりテレビで映画を観たりして1日が暮れていく。村上龍の「55歳からのハローライフ」もそうして読んだ1冊だった。

5作の中編で構成されたこの小説の主人公たちはいずれも中年世代。自分と年代がかぶるので感情移入しやすく、ストーリーにすんなり入り込むことができた。

離婚、リストラ、早期退職etc――きっかけはそれぞれ異なるものの、主人公たちは人生の転機に直面し、自分と自分が抱える人間関係に正面から向き合わざるをえなくなる。そして、さまざまな葛藤を経たのち、新たな明日へ向けたスタートラインにたどりつく。この新たな出発点をさりげなく提示するラストが心地よい。

村上龍は希望の示し方がうまい。過剰な希望はウソっぽい。かといって希望がなければ救われない。その絶妙なサジ加減に作家としての円熟味を感じた。

ストーリーに没入できたもうひとつの理由は文章が醸すリアリティーだ。たとえば飲み物。主人公を特徴づける嗜好飲料がストーリーごとに用意されており、それを通じて主人公の日常生活、さらには人間性を窺い知ることができる。

場所の説明で実際の地名を挙げていることもリアリティーを高めていた。たとえば、東京の西武線小平駅の裏手にある古本屋が登場するのだが、そのあたりは馴染みのあるエリアなのでイメージが湧きやすかった。

村上龍の小説をまともに読んだのは「限りなく透明に近いブルー」以来だった。リアリティーと抑制された詩情を兼ね備えた文体でけっこう好みかも。最近書かれた別の作品も読んでみたくなった。

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そのあと観たラッセ・ハルストレム監督の「シッピング・ニュース」。不器用で不運な中年男の「魂の再生」を描いた秀作。この映画についても書くつもりだったけど、疲れたのでヤメた。

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