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2015年6月21日 (日)

塞ぎの虫

モノトーンに塗り込められた毎日がとりとめなく過ぎていく。塞ぎの虫にとりつかれてしまったらしい。何もやる気が起きない。睡眠時間は足りているのに眠気がとれず、頭はどんよりと重い。身体の不調がそれに追い打ちをかける。首も腰も手首も痛い。

実現したはずの早起き生活も元の木阿弥になろうとしていた。1日を無駄に過ごすのなら早起きしても意味がないので当然か。

やりたいことは沢山あるはずだった。数年前に登録したきり放置しているTwitterを再開するとか、Facebookを始めるとか、購入済みのPhotoshop Lightroom 5を活用してRAW現像の達人になるとか。

実際はリクライニングチェアにごろんと横たわり、本を読んだりテレビで映画を観たりして1日が暮れていく。村上龍の「55歳からのハローライフ」もそうして読んだ1冊だった。

5作の中編で構成されたこの小説の主人公たちはいずれも中年世代。自分と年代がかぶるので感情移入しやすく、ストーリーにすんなり入り込むことができた。

離婚、リストラ、早期退職etc――きっかけはそれぞれ異なるものの、主人公たちは人生の転機に直面し、自分と自分が抱える人間関係に正面から向き合わざるをえなくなる。そして、さまざまな葛藤を経たのち、新たな明日へ向けたスタートラインにたどりつく。この新たな出発点をさりげなく提示するラストが心地よい。

村上龍は希望の示し方がうまい。過剰な希望はウソっぽい。かといって希望がなければ救われない。その絶妙なサジ加減に作家としての円熟味を感じた。

ストーリーに没入できたもうひとつの理由は文章が醸すリアリティーだ。たとえば飲み物。主人公を特徴づける嗜好飲料がストーリーごとに用意されており、それを通じて主人公の日常生活、さらには人間性を窺い知ることができる。

場所の説明で実際の地名を挙げていることもリアリティーを高めていた。たとえば、東京の西武線小平駅の裏手にある古本屋が登場するのだが、そのあたりは馴染みのあるエリアなのでイメージが湧きやすかった。

村上龍の小説をまともに読んだのは「限りなく透明に近いブルー」以来だった。リアリティーと抑制された詩情を兼ね備えた文体でけっこう好みかも。最近書かれた別の作品も読んでみたくなった。

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そのあと観たラッセ・ハルストレム監督の「シッピング・ニュース」。不器用で不運な中年男の「魂の再生」を描いた秀作。この映画についても書くつもりだったけど、疲れたのでヤメた。

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